HAYASHI Lab.

IIS, the University of Tokyo
東京大学生産技術研究所
林憲吾研究室

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コラム「長屋門3.0」

ここ数年、宮城県栗原市にしばしば足を運んでいる。きっかけは長屋門だ。

栗原市といえば、渡り鳥の飛来地として有名な伊豆沼・内沼だろうか。ラムサール条約の登録湿地であるこの湖沼には毎年数万羽のマガンが越冬にやってくる。連日、夕暮れどきに周辺の田んぼから湖沼に戻るマガンの大群は、秋冬の風物詩である。

そんな栗原市に、実は長屋門がたくさんあると知ったのは3年ほど前である。祖母の家が栗原にあるという学生から報告を受けた。市が実施した2009年の悉皆調査によれば、その数は543軒。ほとんどが農家の表門として利用されている。

長屋門とは、もともとは武家屋敷の門の形式の一つである。家臣が寝泊まりする長屋と、出入口としての門が複合したものである。江戸時代に普及をみたが、当時は身分や家格で建築に制限があったため、農家では村役人など一部の層のみに建設が許された。

であるからして、いまの栗原市一帯に長屋門が広がるのは、そのような建築制限がとれた明治に入ってからである。実際、現存する建物の半数以上が明治期の建設とみられている。従来は、上位の社会階層のみに許されていた建物形式が、農民のステータスシンボルとして流行したのである。同様の現象は日本各地でみられたが、ここまでの数を現在に残す自治体は珍しいだろう。


写真1.栗原市若柳の長屋門

時代に適応する長屋門

農家に建てられる長屋門は、当然ながら門の両脇の部屋が農家仕様となる。農作業や蔵、雇人の寝泊まりに利用された。とはいえ、現存する長屋門は、20世紀という時代の波をくぐり抜けてきた。農作業を取り巻く環境も決して同じではなかった。昭和40年頃からはコンバインや籾乾燥機など農業機械の導入が盛んになり、作業工程は変わり、雇人も減った。したがって長屋門の利用方法も変わらざるをえない。言い換えれば、長屋門がいまも保持されているのは、そうした変化に適応してきたからである。

学生の研究によれば、たとえば、籾乾燥機の導入によって、乾燥作業は田んぼでの天日干しから長屋門に移った。ただし、乾燥機の背丈は高い。5m近くに及ぶものもある。そのため従来の長屋門にすんなりとは収まらない。そこで、梁を切断したり、地面を掘ったりして、何とか乾燥機を設置する事例が現れる。


写真2.乾燥機が小屋裏に突き出した事例 出典:海山(2021)

また、農具や収穫物の運搬には軽トラックが活躍する。だが、車両の通行には、ときに門扉が邪魔になり、ときに門幅が狭い。そのため、門扉を撤去したり、門柱を切断して動かし、門幅を広げたりする事例がみられる。このような部分的介入によって、長屋門は長屋門として活用され続けてきたのである。

しかし、私を驚かせたのは、明治期からの長屋門が多数残る一方で、現存する長屋門のおよそ2割が戦後の新築だったことである。新しいものでは2000年に建設された事例もある。つまり長屋門は決して“オワコン”などではなかったのだ。

正直にいえば、私は長屋門を伝統的な建物形式だと決めつけていた。もちろん伝統的であるには違いないのだが、より直截的な表現をすれば、過去のものになった建物、と勝手に思い込んでいたのである。

しかし、この地域では長屋門という形式は現役である。戦後に新築された長屋門は、従来のものよりも背丈が高くつくられるなど、時代に応じた改良がきちんと加えられている。上述した部分的改修による長屋門も、時代に合わせて何とか使いこなしていると捉えるよりも、時代の要請に応じてバージョンアップを果たしたと表現した方が適切だろう。

バージョンアップの価値

ソフトウェアやデジタルテクノロジーの分野ではバージョンアップは一般的である。技術の進化やPC環境の変化に合わせて更新され、新たな機能が付加されることもある。古いバージョンは利用できなくなっていく代わりに、ソフトウェアの機能自体はバージョンアップによって保持される。

ソフトウェアのアナロジーにならって長屋門を捉えてみたらどうなるだろう。はじまりの武家の長屋門を長屋門1.0と呼べば、明治に入って一気に普及する農家の長屋門は長屋門2.0ということになろう。さらに戦後に農業の機械化に対応した長屋門は長屋門3.0と呼べるだろうか(農家型なのだから2.5ではないかという声も聞こえてきそうではあるが)。

ソフトウェアの分野では、新しいバージョンが大事で、古いバージョンはそれほど大切にされていないかもしれないが、建築の歴史分野には古いバージョンを保護する仕組みがある。文化財である。全国的に見れば現存する長屋門1.0や2.0はしばしば文化財になっている。

だが反対に、バージョンアップはあまり着目されない。長屋門3.0のように、時代に応じて更新する営みがあればこそ、長屋門は生きた建物形式であり続けたのだが、それは見過ごされてしまう。

私たちは、あるモノがうまく使えなくなると、そのもの全てが有効でないと見てしまいがちである。だが、バージョンアップはそれを回避する視点である。これまで引き継いできたものを変化する環境に適応させる視点が生まれる。さらにいえば、生きた伝統を支えるのも、このような視点なのではないだろうか。バージョンアップは、文化の持続可能性を考える上でも重要なキーワードかもしれない。

実は栗原市の長屋門はいま岐路に立っている。農家人口の減少などで、未利用の長屋門が増加しつつあるからだ。長屋門3.0だけではもはや時代に適応できなくなっている。では、どうするか。これまでにならって、次の時代に向けた新しいバージョンが試行錯誤されていくならば、この地域の未来はきっと明るいのではないだろうか。そう信じながら、そのお手伝いにと、私はいま栗原市に足を運び続けている。

【参考文献】
海山裕太(2021)『宮城県栗原市における農業の近代化と長屋門の継承:繋がり続ける建物形式とその課題』東京大学大学院工学系研究科修士論文

ーー
林 憲吾 (東京大学生産技術研究所 准教授)

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