コラム「難民キャンプとホストコミュニティの相互浸透」
前回のコラムではロヒンギャ難民キャンプを取り上げた。ミャンマーから逃れてきた約100万人ともいわれるロヒンギャ難民が避難生活を送っているのが、バングラデシュ南東部のコックスバザールである。
フェンスで区切られたキャンプには、木材とターポリン(*)を資材にした簡便な仮設住宅が所狭しと建ち並ぶ。住宅の資材は、国連の関連機関やNGOなどから基本的に供給されるが、ときに住人自らが資材を調達し、部屋を飾り付けることがある。それが天井に吊るされたカラフルな布であった。
受け入れ国のバングラデシュで「シャミアナ」と呼ばれるこの天蓋を、ロヒンギャの人びとは「チョッポル」と呼ぶ。だが、それらは別々の文化ではなく、ホストコミュニティの「シャミアナ」がフェンスを越えて、難民キャンプに染み出したとみるべきだろう。
なぜか、というのは前回書いたとおりで、キャンプの住民とホストコミュニティの間には共通の市場を介してモノやお金のやり取りがあるからだ。キャンプと外側の世界はフェンスで厳格に区別されているのが原則である。だが、実際はキャンプ周辺に大きな市場が形成され、両者が日常的に利用している。この市場でシャミアナに使用される布と全く同じ布をロヒンギャの人びとは購入し、天井に取り付けていた。
ならば逆に、キャンプの文化がホストコミュニティに染み出すこともあるはずだ。今回はその現象を取り上げてみたい。
キャンプの物資が紛れ込んだ町
先ほど述べたとおり、キャンプの住宅資材は国連など外部機関から配給される。なかでも住宅用資材としてキャンプで近年、重宝されているのがターポリンである。防水性があり、軽く、少ない人数で一度に広い面積を覆うことができる。割った竹材などを格子状に編み、ターポリンを結び付けてパネルにして壁や屋根に利用する(写真1)。

写真1.キャンプ内の住宅。壁にはターポリンが使われる。
建物は、骨組みとともにその間を埋める壁や屋根の「面」を必要とする。骨組みをつくることは面をつくるよりも技術的に高度である一方、埋めるべき面をつくることは量があるので人手がかかる。茅葺き作業をイメージしてもらえばわかりやすい。
そんな面づくりのための優秀な材として20世紀に世界を席巻したのは、おそらくトタン(亜鉛メッキ鋼板)だろう。断熱性能は期待できないが、防水性や耐久性の最低限の性能を持ち、かつ軽く、少ない人手で手早く面をつくれるため、例えば、茅やヤシの葉を伝統的に葺いてきた東南アジアの民家の屋根は、20世紀を通じてほとんどトタンに置き換わってしまった。世界の難民キャンプでもトタンは重宝されてきた。
だが、ここロヒンギャ難民キャンプでは、トタンに代わってターポリンが重宝されている。より安価で加工がしやすく防水性とそれなりの耐久性を持つからだ。もちろん難民キャンプに限らず安価で一時的な建築であるほどターポリンが選択されやすい。日本で路上生活者の家にブルーシートが多用されるのも同様である。
ロヒンギャ難民キャンプ内で供給されるターポリンには、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)やIOM(国際移住機関)、UNICEF(国連児童基金)など、供給先の機関の名称が印字されている。だが、それらターポリンは、キャンプの外側のホストコミュニティの町中にも数多く紛れ込んでいる。
例えば、路面店に差しかけた庇として(写真2)、屋台を包むシートとして(写真3)、さらには金曜礼拝のための路上の敷物として(写真4)、キャンプ周辺だけでなく、かなり離れた中心市街地でもあちらこちらに使われている。路上を行き交う三輪タクシーの屋根やカーテンには、表と裏で青とオレンジと色が異なるターポリンがよく使われているが、これも韓国製の支援物資のようである(写真5)。
キャンプの文化とは言い過ぎかもしれないが、キャンプの物資がフェンスを越えて、ホスト国の風景をつくり出している。では、なぜそのようなことが起こるのか。

写真2.屋台にかけられたターポリン。ユニセフのロゴがみえる。

写真3.UNHCRのターポリンで包まれた屋台。

写真4.金曜礼拝用に路上に敷かれたIOMのターポリン。金曜礼拝は男性がモスクに集まって礼拝するため、路上にまで礼拝者があふれる。

写真5.三輪タクシーの屋根やカーテンには支援物資と思われる韓国製のターポリン。
フェンスを越えた交換
キャンプ周囲の市場には、ホストコミュニティ側で生産される食物や生活用品を販売する店だけではなく、キャンプ側の支援物資を販売する店がある。そこでは、ターポリンももちろん売られているが、UNICEFのロゴが入ったポリタンクやカバンをはじめ、さまざまな生活用品が売られている。女性や子供の人道支援に欠かせない生理用品や教科書がたくさん売られていたことがとりわけ印象的だった(写真6)。この市場の光景は、途上国の農村部には届きづらいグローバルスタンダードの品質の物資が、キャンプとともに大量にこの地域に入ってきたことを映している。難民キャンプに不足しているものは、途上国のホストコミュニティにとっても貴重である。

写真6.支援物資が販売される市場の店舗。
いわゆる「闇市」に位置づけられるこの市場に、批判が向けられることもあろう。だが、配給が基本の難民にとって、物資の流出は現金収入を得るための貴重な機会であり、そのしたたかさによって主体的に自らの生活を構築できるのも事実である。もちろん物資を売るという手段だけではなく、ホストコミュニティ側で労働をすることで現金収入を得るという手段もロヒンギャの人びとは使う。キャンプの住宅に吊るされた天蓋も、そのような現金収入を得る仕組みがあってはじめて取得できる。
他方、ホストコミュニティも高品質な物資の不足や経済的困難を抱えている。流入してきた物資や人とともに自らの生活の質の向上をこちらもしたたかに図っている。
天井に吊られたキャンプ内の布と、路上に敷かれた礼拝用のシートは、いわば分断や原則を超えた交換の結果である。それらをインフォーマルなものとして切り捨てられないわずかながらの希望の風景として見てしまうのは、私だけだろうか。
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*ポリエチレンなどの合成樹脂製のシート。ブルーシートも含まれる。