2025年度修士論文・博士論文の概要をお知らせします
修士論文
冨井治弥「高度経済成長の基盤としての「耐爆」 ― 戦時技術からの継承・派生・展開 ―」
耐爆=爆発に耐える建築技術」をテーマに、近代社会がいかにしてその技術を基盤に成り立っているかを論じました。戦争で確立した「耐爆」に端を発する技術は、戦後にも超高層ビル、宇宙、原子力開発と、我々の身近なインフラに浸透しています。高エネルギーを活力の源泉とし、その危険に対応する【近代】― 耐爆というテーマを通して、この社会を捉えなおすことができると考えました。本研究は、生研の学際的な環境に触発され、建築史や構造技術史などを分野横断的に結び付ける試みとなりました。修論執筆後も追い続けたくなる、このような重要なテーマに出会えたことは、かけがえのない経験です。林さんや秘書の熊谷さんをはじめ、研究室の皆さんのサポートに感謝いたします。
髙井千春「No-Longer-Wall Walk: バレンシア市壁解体史を通した「不在」の境界の観光価値」
本論文は、スペイン・バレンシアを事例に、現存しない市壁の軌跡を辿る新しい観光形態「No-Longer-Wall Walk」の価値を提唱するものです。欧州の中規模都市では、解体された市壁跡地の観光活用が進んでいない現状があります。本研究では、都市史の分析を通じ、物理的な壁が「不在」であっても、その境界線が現在の土地利用や都市の多面性に影響を与え続けていることを明らかにしました。イスラム市壁跡では遺構を探す「宝探し」的な能動的体験が、キリスト教市壁跡では内外の景観格差や文化施設の集積を体感する歩行が可能です。市壁跡地の散歩: No-Longer Wall Walkを楽しむことで、従来の視覚的な遺産鑑賞を超え、都市の歴史的重層性を身体的に再発見できるはずです。今回の事例は留学先のバレンシアでしたが、欧州の他の都市でも再現可能だと考えています。今後は他都市でもじっくり歩いて発見を重ねたいです。これをお読みになっている方も、ぜひ試してみてください。
中村莉緒「バングラデシュ・ロヒンギャ難民キャンプにおける天井のShamiana化:再編される包摂の天蓋」
本研究では、バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプで見られる多色の天井布に着目し、難民による主体的な空間づくりを、ホストコミュニティとの文化融合という視点から考察しました。現地調査からは、ホスト側の「シャミアナ」と、ロヒンギャ側の「チョッポル」という異なる天井概念が存在する一方で、ミャンマーから移動してきた難民が、キャンプ周辺で入手できる素材を用いて自身の天井「チョッポル」を再編する過程で、「シャミアナ」と近似した空間が生まれていることが分かりました。こうした実践から、難民キャンプ内での文化融合が、日常的な空間づくりの中で起こっていることが見えてきます。ミャンマーで使われていた本来の「チョッポル」がどのような空間なのか、今後情勢が落ち着いたら実際に見てみたいと考えています。
博士論文
高原柚「シンガポール200年の宗教空間:偶発と計画の多文化混在」
本研究は、多様な文化的集団が暮らすシンガポールにおいて、人びとが空間的にどのように共生してきたのかを、異なる宗教空間の混在に着目して明らかにすることを目的としています。対象とした期間は、シンガポールが大英帝国の商港として開かれた1819年から現代までです。
地図史料や宗教団体の記録、都市計画資料、関係者へのインタビュー、実地調査を行った結果、これまで異なる文化的集団は空間的に分かれて暮らしていたと考えられがちだった植民地期においても、居留地や郊外を問わず、身近なスケールでの混在が実際には起こっていたことが分かりました。さらに、こうした混在の多くは、都市計画によって意図的につくられたものではなく、偶発的な経緯の中で生じていたことが明らかになりました。一方、1960年前後の自治領化以降には、都市計画によって宗教や文化の混在が意識的にデザインされるようになると同時に、引き続き偶発的な混在も生まれていました。
都市計画で知られるシンガポールでは、多文化の共生も計画の成果として語られることが少なくありません。本研究は、そうした見方に加え、偶発的な出来事や長い歴史の積み重ねが、都市における共生のあり方をかたちづくってきたことを示すものです。今後は、異なる宗教空間が混在する地域で実際に何が起こっていたのかにも注目し、研究を深めていきます。











